第15回:不眠

 床に入ってもなかなか眠りにつくことができない、夜中にトイレに行くと目が覚めてしまい眠れない、午前4時頃になると目が覚めてしまうなど、不眠を訴える高齢の患者さんは少なくありません。(図)
    

 物忘れで受診しましたが年齢相応の物忘れと診断された80歳女性の池田さん(仮名)も、時々不眠を訴えます。池田さんの不眠は、床につけばすぐ眠れますが、早朝に目が覚めてしまい、寝た気がせず、家族が起きてくるまでの時間を待っているのがつらいというものでした。自分は睡眠不足だと訴えていました。

高齢者の睡眠の特徴

 高齢者では、睡眠が浅く、睡眠途中に覚醒(目が覚めること)したり、早朝に目が覚めてしまうことが特徴の一つです。若い人と比べると、高齢者では寝床で横になっている時間は長いが、そのうちの睡眠時間は短いことが研究でわかっています。

歳をとってくると必要な睡眠時間は短くなるのでしょうか。このことについては、そうだという意見が多いですが、昼寝の時間も含めれば若い人と同じだという研究結果もあります。

高齢者の睡眠と覚醒リズム

 私たちには、覚醒と睡眠の一日のリズムがあります。このリズムには、メラトニンという物質が関係しています。メラトニンは脳の中の松果体から分泌されます。光の当たる昼間は分泌が少なくなり、夜になると分泌が多くなり、私たちの覚醒と睡眠の一日のリズムを作ることに関係をしています。高齢者ではメラトニンの分泌が低下していることがわかっています。そして不眠のある人では、さらに分泌が低下しています。

池田さんの不眠について

 池田さんの症状の一つは、朝早く目が覚めることです。午前4時頃に目が覚めてしまい、家族が起きてくる7時まで寝床で待っているのがつらいと言っていましたが、床につくのが夜の9時でした。そうすると7時間ぐらい寝ていることになります。池田さんは、自分では睡眠が足りないと思っているようですが、7時間は睡眠をとっていることがわかりました。昼間は、特に眠気を感じることもなく、普通に生活を送っていると言うことでしたので、睡眠不足はなく、心配することはないと伝えました。朝早く目が覚めることがつらければ、夜の11時頃に床につくようにしたらどうかとアドバイスをしました。

不眠の原因

 池田さんの場合は不眠症ではなかったわけですが、不眠の原因はたくさんあります。痛みやかゆみにより眠れないという身体的な原因、入院したときなどの環境の変化による原因、服用している薬の作用によるもの、悩み事や精神的な緊張による心理的な原因、そしてうつ病のような精神疾患による原因などがあります。(表)

表:不眠の原因

 1 身体的な原因: 痛み、かゆみなど
 2 環境の変化による原因: 入院、引っ越しなど
 3 薬の作用: 睡眠障害を起こす作用のある薬など
 4 心理的な原因: 緊張、ストレスなど
 5 精神疾患による原因: うつ病、不安神経症など

 不眠により生活に支障があるときには、以上のような原因があるかどうかをみてもらうことも必要になります。この中でもうつによる不眠は、朝かなり早く目が覚め、その後は眠れず、起床したときの気分が悪く、特に午前中は気が沈んだり、イライラ感などがあって、行動や生活に支障があります。第10回で、高齢者のうつは抑うつ症状があまり目立たず、食欲低下や不眠などの身体症状の頻度の高いことが特徴と話しました。不眠のあるときにはうつであることもありますから、精神科への受診も必要なことがあります。

不眠があると感じたら

 不眠と感じても、実際には池田さんのように不眠ではないことも多くあります。自分の睡眠が不十分であると感じ、そのことを悩めば不眠ということになりますが、客観的に睡眠の状態を見れば正常なこともあるわけです。不眠があると感じても、昼間の生活に支障がなければ悩まない方がよいと思います。
夜中にトイレに行った後に眠れなくなるなら、夕食をとってから就寝までの水分を控えることも必要です。
 高齢の不眠患者さんが昼間光に当たると、夜間のメラトニン分泌が増えて、不眠が改善することがわかっています。日中は外にでて散歩や運動をして、光に当たることが不眠を改善することにもつながります。また、メラトニンはアルツハイマー病患者さんでは、加齢による低下よりもさらに少なくなっていることがわかっています。メラトニンには、神経毒性とアミロイド形成を制御する作用とフリーラジカル消去作用などがあり、アルツハイマー病の治療に役立つといわれています。
 不眠を感じたときには、自分のライフスタイルをもう一度考えてみることも必要です。
*当診療所にご来院の患者さんの姓名は全て仮名です。

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